浅田真央選手と浅田舞選手へ、母の匡子さんは亡くなる直前に
病床から言葉を残していたのだそうです。
その言葉とは、
『あなたたち姉妹には2人で生きていけるレールは敷きました。
もう私はいつ亡くなっても大丈夫』
浅田真央選手が小学校の頃、母・匡子さんの入院と大会の
日程が重なると、浅田真央選手は大会を欠場して病院に
ついて行きたがったといいます。
しかし、母・匡子さんは「病院には来ちゃダメ!ママが
一番嬉しいのは、真央が優勝することなの!」と怒ったそうです。
また、匡子さんは浅田真央選手に、
「ソチ五輪で金メダルを取るまで泣いちゃダメ」と
話していたそうです。
その言葉を胸に…頑張ってもらいたいですね。
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